A06班: 冥王代生命学の創成公募班
エネルギー保存システムの分子進化で辿る原始生命の機能解明
(成廣 隆・産業技術総合研究所)
これまでに純粋分離されているおよそ1万種の原核生物(バクテリアおよびアーキア)は、地球上に存在する無機化合物、有機化合物、ガス状物質、光エネルギー等を原資として、棲息環境に適応した多様な代謝機能を運用することで生命活動を維持している。代謝経路の実体は、脱水素酵素や酸化還元酵素などの様々な酵素が触媒する化学反応の連続であるが、その要所要所で熱力学的にエネルギーを必要とする反応の進行を支えているのが「エネルギー保存システム」である。例えば、メタン生成アーキアとの共生機構により脂肪酸を分解するSyntrophomonas属細菌の比較ゲノム解析では、カルボン酸の一種である酪酸がβ酸化経路を経由して酢酸に分解される過程で、ブチリルコエンザイムA(CoA)をエノイルCoAに変換する反応を進行させるために、電子伝達フラビンタンパク質(electron transfer flavoprotein, ETF)が電子を受け取り細胞膜に局在するETF:キノン酸化還元酵素を経由してプロトンを還元して水素を生成するシステムである「ETF酸化型ヒドロゲナーゼ複合体」を用いていることが示唆された(Narihiro et al., 2016, Microbes and Environments 31:288-292 [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5017805/])。また、嫌気環境のメタゲノム解析からは、未培養アーキア “Candidatus Methanofastidiosum methylthiophilus” が、メタン生成を直接的に触媒するメチルCoM還元酵素に加え、メチルビオロゲン還元型ヒドロゲナーゼ-ヘテロジスルフィド結合還元酵素複合体、およびエネルギー保存型ヒドロゲナーゼの2種類のエネルギー保存システムを駆使することでメタンチオールからのメタン生成を実現していることを見出した(Nobu et al., 2016, ISME Journal 10:2478-2487 [http://www.nature.com/ismej/journal/v10/n10/full/ismej201633a.html])。このように、現存するバクテリアおよびアーキアが多種多様なエネルギー保存システムを有していることが明らかになりつつあるが、それらの分子進化に関する知見は乏しく、現存するエネルギー保存システムがどのような進化を辿ってきたのか? 冥王代に誕生した原始生命が確立した最初のエネルギー保存システムはどのようなものだったのか? 始原的なエネルギー保存システムが関与する代謝機能とはいったい何だったのか? といった原始生命の機能解明に繋がる疑問は残されたままとなっている。本提案課題では、我々が培ってきたゲノム、メタゲノム、メタトランスクリプトーム等のオミクス技術を駆使することでこれらの疑問の解明を目指す。